幕末明治の浮世絵師

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幕末明治の浮世絵師

江戸時代、260年続いた天下泰平の世に成立・発展した浮世絵は、当時の人々のみならず現代に生きる人々をも魅了してやみません。今回は動乱の幕末期から新時代・明治期に活躍し、浮世絵の歴史の最後を彩った絵師たちを紹介します。

Category : 絵画

Date : 2022.07.05

参考文献

月岡 芳年 (1839-1892)

幕末から明治にかけて、浮世絵が廃れていく時代にあって、独特な作風で人気を博し、「最後の浮世絵師」と称された月岡芳年。嘉永3年(1850年)、12歳で当時の人気浮世絵師・歌川国芳に入門した芳年は、22歳頃から本格的に浮世絵師としての活動を始め、役者絵・歴史絵・武者絵・美人画など幅広い画題を手掛けています。凄惨な場面を描いた無残絵でも知られ、江戸川乱歩・三島由紀夫・谷崎潤一郎など大正・昭和に活躍した文学者たちからも愛されました。

月をテーマにした100枚のシリーズ『月百姿』と幽霊や妖怪を描いた36枚のシリーズ『新形三十六怪撰』は晩年の代表作です。いずれも、ダイナミックな構図と繊細な色遣いで歴史上の伝説や怪異が描かれており、その表現方法には後の劇画や漫画に通じるものがあります。

渓斎 英泉 (1790-1848)

寛政2年(1790年)に江戸星ヶ岡に生まれた英泉。12歳で狩野派の絵師狩野白桂斎に学びます。若くして母を、そして20歳の時に父を亡くした英泉は、妹達を養うために浮世絵師となります。浮世絵師の菊川英山の弟子として学び、また葛飾北斎の家にも出入りしていたという英泉は、特に美人画や艶本でその名を馳せました。現存している英泉の作品の多くが、遊女や芸人を描いた美人画であると言われ、その退廃的で妖艶な女性の姿は今でも多くのファンを魅了しています。

歌川 国芳 (1798-1861)

歌川国芳は寛政9年(1797年)、日本橋の染物屋に生まれ、15歳の頃に初代・歌川豊国の弟子となります。長い下積み時代を経て、30歳の頃に『水滸伝』シリーズが評判となり、「武者絵の国芳」として人気浮世絵師の仲間入りを果たしました。名所絵・美人画・役者絵・春画など様々なジャンルに取り組んでおり、大胆な構図と奇抜なアイデアを盛り込んだ数々の作品を生み出しています。特に、パワフルな武者絵とユーモラスな戯画は江戸の庶民の間で絶大な人気を博しました。

また、国芳は無類の猫好きとしても知られ、作画中も懐に猫を抱いていたと言います。猫を題材に多くの作品を残しており、「猫飼好五拾三疋」と題された大判3枚からなる作品では、東海道五十三次の宿場名を猫に関するダジャレにし、様々な様子の猫を描いています。

歌川 広重 (1797-1858)

言わずと知れた江戸後期を代表する絵師の一人歌川広重。文化8年(1811年)、15歳のときに歌川豊広に入門し、美人画や役者絵などさまざまなジャンルを描きましたが、風景画を描き始めてから確固とした浮世絵師としての地位を確立します。1832年の旅の後、制作されたという傑作『東海道五十三次』の連作では浮世絵師としてその名を知らしめました。

広重の絵はその飛び抜けたセンスや大胆な構図から、当時の江戸の人々だけでなく、海を越え当時のフランスをはじめとする世界の芸術家達にも多大な影響を与えました。

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