SPECIAL FEATURE

英国立海洋博物館
National Maritime Museum

経度00度00分00秒、世界の標準時間と基準となる子午線が定められたグリニッジ王立天文台に隣接する「英国立海洋博物館(National Maritime Museum)」は、かつて「七つの海(Seven Seas)」を支配した大英帝国が世界中から入手した世界の海事、国際貿易、新大陸の発見にまつわる所蔵品から、壮大な探検と努力の物語を見つけることができる。ユニフォトプレスはその貴重な所蔵品のデジタルアーカイブを皆さんに提供いたします。

Category : 歴史

Date : 2021.06.23

航海に関する品々

「英国立海洋博物館(National Maritime Museum)」が所蔵する膨大な所蔵品には、ルイス・スティーヴンソンの「宝島」、ジュール・ヴェルヌの「海底二万里」、ハーマン・メルヴィルの「白鯨」の世界を彷彿とさせる航海に欠かせないテレスコープや方位磁石をはじめ、帆船の模型などの貴重なコレクションの数々を見ることができる。

航海時代の帆船

1588年、英国はアルマダの海戦でスペインの無敵艦隊を破ったのを機に、勢力圏を拡大した。19世紀初頭、ナポレオン率いるフランス帝国がヨーロッパ大陸を支配下に置いていたが、1805年、トラファルガーの海戦でネルソン提督率いる英国艦隊がフランス艦隊に勝利し、英国が世界の海に君臨した。
日本では、アルマダの海戦の2年後、1590年に豊臣秀吉が天下統一を果たし、1603年に江戸時代が開幕。1817年、英国海軍将校ゴルドン率いる商船ブラザース号が交易目的で浦賀に来航。その後1822年にかけて、英船が日本に頻繁に来航した。米国のペリーが率いる4隻の"黒船"が浦賀に来航したのは1853年だった。
英国立海洋博物館には、当時の船の佇まいや海戦の様子を描いた絵画も多く所蔵している。

帆船から客船へ

1769年にジェームズ・ワット(James Watt:1736-1819)が蒸気機関を開発後、蒸気船が帆船を駆逐するまでには、50年以上の年月がかかった。初期の蒸気船は外輪船で、構造的に外洋航行に不向きだった。19世紀後半にはスクリューを備えた蒸気船が主流になったが、燃料に大量の石炭を使用するために、遠洋航行には補給地が必要だった。世界的にその名を知られている客船「タイタニック号」は、20世紀初頭に建造された。
英国立海洋博物館には、造船の歴史に加え、東インド会社の貿易史、ハワイ諸島を発見したクック船長など、海洋史にまつわる数々の海図や資料写真を、比類なき規模で見ることができる。

偉大なる探検家

商船を攻撃し荷物を捕獲する「私掠船(privateer:しりゃくせん)」を操る海賊は、国家権力への反逆者だったり、カリブ海に植民地を持つ西欧諸国から表彰される英雄だったりと、富を奪い合う国家間の戦争が絶えなかった歴史の中で多様な顔を見せる。大英帝国を裏面から支えたのもカリブ海に跋扈するバッカニア海賊だった。黒髭(Blackbeard)として知られるエドワード・ティーチ(Edward Teach:1680-1718)は、西インド諸島(カリブ海)と北アメリカの東海岸周辺で活動した英国出身の海賊。漫画「ONEPIECE」に登場する「黒ひげ海賊団」や、1975年に発売された、黒ひげ人形を樽にセットして、剣を樽の穴に順番にさして、黒ひげ人形が飛び出したら負けというゲーム「黒ひげ危機一発」のモチーフとして知られる。

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