SPECIAL FEATURE

ゴッホが愛したもの
キャンバスの上で反復するモチーフ

フィンセント・ファン・ゴッホは、ペリーの黒船が浦賀に来航した1853年(江戸期)に生まれ、明治憲法(大日本帝国憲法)が施行された1890年にこの世を去りました。
貧しい画家として知られるゴッホですが、生家は大蔵大臣や外交官を輩出した名門。ゴッホも、父と同じ牧師を目指す前は、伯父の国際的美術商で働き、20歳でロンドン支店、22歳でパリ本店勤務となり、各都市で先人たちの絵や当時の流行に多く触れる機会を得てきました。感情のおもむくまま絵筆をとった画家ではなく、様々な芸術表現に出会い、研究を重ね、自らの芸術を築き上げた画家でした。
ゴッホの作品は、展覧会を通じて、これまで日本でも数多く紹介され、劇的な生涯とともに、色彩と形態によって自己の内部の情熱を表現しようとした独自の絵画スタイルは、多くの日本人の心を捉えてきました。今回は、わずか10年という短い画家人生の中で、ゴッホが繰り返し描いてきたモチーフ(題材)に着目し、彼の精神世界や、美術史の中でどのように重要な役割を担うことになったのかをご紹介します。
過去にもゴッホの貴重な作品画像を集めた特集がございます。あわせてご覧ください。 「ゴッホという天才」

Category : 絵画

Date : 2021.10.06

参考文献

  • もっと知りたい ゴッホ 生涯と作品 (圀府寺司)
  • ゴッホへの招待(朝日新聞出版刊)

 

ゴッホ展 -響きあう魂 ヘレーネフィンセント
期間:2021年9月18日(土)~12月12日(日)
会場:東京都美術館

農作業をする人々

ゴッホは「刈る農夫」「土を掘る農夫」「土に種をまく農夫」といった農民を多く描きました。それは農民が”救い”を必要とする弱者であり、キリスト教的な生き方を担う存在だったからです。
牧師の家に生まれ、画家になる前は、父と同じ聖職者の道を志していたゴッホは、画業を通して彼らを見つめ続けました。

黄金に輝く麦畑

ゴッホの絵に出てくるモチーフとして、多くの人は麦畑を思い浮かべるのではないでしょうか。彼の人生の後半におけるあの荒々しいタッチは、麦畑の生命の強さととても相性の良いものでした。しかし、「刈り取りをする人のいる麦畑」という作品について、ゴッホは燦燦と照りつける太陽のもとで働く労働者を見ながら、刈り入れをする人を悪魔、小麦を人間に見立てて”死”を連想していました。黄金色の世界を「太陽の白昼夢」とも語っています。この作品は美しい風景画でありながら、農民の人物画でもあるとされています。

宗教

療養院に入ったゴッホは、ドラクロワやレンブラントなど先人たちの版画作品の模写に励みました。それは伝統的な絵画修練法の一つでありながら、そこに色彩を加えて、独自に翻訳するという試みでした。ゴッホは宗教的題材をそのまま描くことはありませんでしたが、牧師の道を閉ざされながらも、宗教画の模写や、色彩への研究を通して、神を希求してやまない画家として、宗教へアプローチをしていました。「星月夜」で描かれている教会は、実際にサン=レミの街並みにあった南仏風の建物ではなく、故郷オランダ風の教会であるといわれており、彼の根っこにある深い宗教心はあらゆる所に見出すことができます。

明るい花たち

ゴッホは色彩表現の研究のため、多くの花の絵を描きました。パリで流行していた鮮やかな色彩の「印象主義」を推し進めた「新印象主義」に出会い、色彩に目覚め、光が満ち溢れる南仏アルルでより色彩への探求心を掻き立てられました。「ひまわり」では、限られた色調のバリエーションと筆遣いでの表現について試行錯誤を繰り返し、黄色い背景のひまわりを描くことに成功。また、ひまわりは、西洋絵画の図像表現のなかで、信仰心や忠誠心の象徴として描かれおり、ゴッホの信仰心の象徴でもありました。

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