SPECIAL FEATURE
ウイルスや微生物などの病原体(pathogen)によって起こされる病気を感染症(infection)と呼び、感染症の予防に用いる医薬品をワクチンと呼ぶ。
ワクチンは、病原体から作られた弱毒化された抗原(antigen)で、投与することで、体内の病原体に対する抗体(antibody)の産生を促し、感染症に対する免疫(immunity)を獲得することで、感染症を予防する。
ワクチンは感染症予防において効率的な手段と考えられ、世界各国でワクチンの予防接種が行われている。日本でもBCG(Bacille de Calmette et Guerin:カルメット・ゲラン桿菌(かんきん))の接種が古くから行われ、ヒトに対する毒性が失われて抗原性だけが残った結核菌を、人為的にヒトに接種して感染させることで、結核に罹患することなく結核菌に対する免疫を獲得させることを目的としている。
アフリカや中南米など、黄熱(おうねつ:yellow fever)に感染するリスクがある地域に渡航する場合は、現在でも予防接種が必要。滞在期間や渡航先の地域に応じて、肝炎(かんえん:hepatitis)、髄膜炎菌(ずいまくえんきん:meningococcus)、麻しん(はしか:measles)、風しん(ふうしん:rubella)、水痘(すいとう:chickenpox)、インフルエンザ(influenza)、狂犬病(rabies)などの予防接種が推奨されている。
Category : 歴史
Date : 2021.01.12
ワクチン産業ビジョン
現在使用されているワクチン
感染症ワクチン開発の将来展望
分子レベルで見た薬の働き(平山令明著/講談社)
教科書の社会史(中村紀久二著/岩波書店)
一度、天然痘(smallpox)にかかると、二度と感染しないことは、古くから経験的に知られており、乾燥させて弱毒化した天然痘のかさぶたを人為的に接種し、軽度の天然痘に感染させる予防が行われていたが、死亡例もあり、安全な方法ではなかった。
1796年、英国の医学者エドワード・ジェンナー(Edward Jenner)が、8歳の少年に牛痘の膿を植え付け、数か月後に天然痘の膿を接種。これが天然痘ワクチンの創始として知られる。日本の教科書でも、長きにわたり、ジェンナーが人類を救うために、まず「わが子」に牛痘接種を行ったとした。その後の研究で、8歳の少年の名前はJames Phippsという素性不明の子供だったとされている。
1798年、ジェンナーは「牛痘の原因と効果についての研究」を刊行して種痘法を広く公表し、1800年以降、種痘は欧州諸国へと広がった。1870年代に入ると、ルイ・パスツール(Louis Pasteur)がニワトリコレラの予防法の研究を行い、病原体を培養して弱毒化すれば、その接種によって免疫が作られることを突き止めた。この手法でパスツールは1879年にはニワトリコレラワクチン、1881年には炭疽菌ワクチンを開発し、科学的なワクチン製造法を確立した。
1665年から1666年にかけての18か月間に、ペスト(Plague)の大流行により、英国ロンドン内だけで、当時のロンドン人口の約20%に相当する約10万人の命が失われた。蔓延を食い止めようとする王命で、英国内の全都市はロックダウンされ、大学のキャンパスも無期限の閉鎖となった。
当時、ケンブリッジ大に通っていた24歳のアイザック・ニュートンもそのひとり。ロックダウン中、故郷のノッティンガム東部のウールスソープ(Woolsthorpe)での自宅待機を余儀なくされた。
この期間に、ニュートンは大学のカリキュラムや教授の制約に縛られることなく、研究に没頭。微分積分(Calculus)を発見し、プリズムを使った分光実験から光学を探求した。実家の裏庭でリンゴが木から落ちるのを目撃したことが、万有引力の着想に没頭するきっかけとなった有名な話も、この時期とされる。そして万有引力の理論を立て、慣性の法則(Law of inertia)、加速度の法則(Law of motion)、作用・反作用の法則(Law of action-reaction)の3つの運動法則を導いた。
現在、多様な技術を駆使して、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に有効性が期待できるワクチンが開発され、2020年12月2日、PfizerとBioNTech社によって開発された、最初のRNAワクチンが、英国でヒトへの使用が承認された。
このワクチンは、mRNA(伝令リボ核酸)の鎖で構成され、Covid-19を引き起こすSARS-CoV-2コロナウイルスの表面に見られるウイルス・スパイク・タンパク質の情報を読み取り、ヒトの体内に注入されると、mRNAは体の細胞に取り込まれ、タンパク質のコピーを生成。タンパク質は免疫反応を刺激し、体内にスパイク・タンパク質に対する抗体を生成させる。これは、ワクチン接種後にウイルスに遭遇した場合、体がウイルスを攻撃する準備ができていることを意味し、病気を予防する。
ワクチン開発は、さまざまな規制面、コスト面、宗教的理由での実施拒否などへの考慮もさることながら、ちょうど新型航空機の導入と同様に、「すべてが世界初の先端技術を採用した機体」より、「同型の機体は30年間落ちていません」というほうが、安心に感じる乗客が多いという心理的側面もある。
2021年1月13日、インドネシアでも、中国の製薬会社「シノバック」が開発しているワクチン接種がはじまった。ASEAN諸国では、財源不足から、欧米製のワクチンだけでは十分な量を確保できない国が多いことや、中国が対外的な影響力の拡大を図る、いわゆる「ワクチン外交」によって積極的に提供を進めている背景がうかがえる。
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